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主要展示作品

見どころ1:ジョサイア・コンドル設計の岩﨑家高輪本邸(明治41年竣工。現・開東閣)ビリヤード・ルームに飾られていた黒田清輝の「裸体婦人像」!

黒田清輝(くろだせいき) 「裸体婦人像」 明治34年(1901)

近代日本美術に大きな足跡を残した画家、黒田清輝(1866-1924)がフランス留学中に描いた裸婦像。本作は第6回白馬会展(1901)に出品されたが、裸体画は公序良俗に反するとして、下半身を布で覆って展示されるという、いわゆる「腰巻事件」を引き起こした問題作でもある。岩﨑家に購入され、高輪本邸のビリヤード・ルーム(当時イギリス上流社会のしきたりでは女性の入らない「紳士たちの集う部屋」でもあった)に飾られていた。

こちらは高輪本邸の貴賓室にかけられた“超絶技巧”の刺繍額!
菅原直之助(すがわらなおのすけ) 「鞍馬天狗刺繍額」 明治40年(1907)頃
菅原直之助(すがわらなおのすけ) 「羽衣刺繍額」 明治40年(1907)頃

謡曲「羽衣」と「鞍馬天狗」の舞姿を、写真と見えるほどにリアルに縫い表した超絶技巧ともいうべき作品。それぞれ紅葉と桜花を描いた豪華な蒔絵の額に入った寸法は、何と、縦190㎝センチを超える。刺繍家・菅原直之助(1871-1942)の名作。岩﨑彌之助の謡の師、初代・梅若実や万三郎の舞姿を、写真も参照して制作されたもの。これらの刺繍は、客人を大いに驚かせたことであろう。

見どころ2:近代日本画、“歴史画”のはじまりは、この画家から!?

菊池容斎(きくちようさい) 「呂后斬戚夫人図」 江戸時代・天保14年(1843)

江戸に生まれた幕末明治の画家、菊池容斎(1788-1878)は、“歴史画”の大家。彼が上古から南北朝に至る主要人物571人を収録した図入り列伝『前賢故実(ぜんけんこじつ)』全10巻は、後世に大きな影響を残し、その功績は「近代日本画の祖」と評されるほど!
本図は中国・漢の高祖の皇后・呂后が、夫の死後、寵妃・戚夫人を捕らえ、腕や脚を切り落とし「人ブタ」と名付けて辱めたという『漢書』外戚伝の逸話を、異時同図法にて描いたもの。いわゆる“怖い絵”ながら、中国の史実に通じた名画、しかも超大幅(本図寸法は縦2m超)!

見どころ3:“画鬼”・河鍋暁斎(かわなべきょうさい)の傑作「地獄極楽めぐり図」を修理後初公開!

河鍋暁斎(かわなべきょうさい) 「地獄極楽めぐり図」(1帖40図・明治2~5年(1869~72))のうち「盛り場」

狩野派の筆法から浮世絵、狂画まで全般に通じた、自称“画鬼”、河鍋暁斎(1831-89)の傑作とされる画帖。この画帖は、暁斎の大の贔屓だったという日本橋大伝馬町の大店、小間物問屋の勝田五兵衛が、14歳で夭折した娘・田鶴(たつ)を一周忌で供養したいと、暁斎に制作を依頼したもの。娘が極楽往生するまでの旅の様子を、優雅で丁寧な筆致で表したユーモアにも溢れる作品。
本図中、田鶴は菩薩・天女たちと楽しそうに「はしご登り」を見物!

※場面の展示替があります。

見どころ4:「第4回 内国勧業博覧会」(明治28年)出品作から-日本の近代絵画初の“重要文化財”橋本雅邦(はしもとがほう)「龍虎図屏風」を全期間出品!

重文 橋本雅邦(はしもとがほう) 「龍虎図屏風」(6曲1双) 明治28年(1895)

(左隻:虎図)

(右隻:龍図)

橋本雅邦(1835~1908)の代表作として知られる本作は、明治28年(1895)、京都で開催された「第4回内国勧業博覧会」の出品作。この博覧会では岩﨑彌之助が、屏風絵制作に出資。当時一流の日本画家たちが10双の屏風を出品した。(うち8双が現在、静嘉堂に現存)
雅邦は水墨画の「龍虎図」の伝統をふまえ、そこに西洋画風の奥行きを表現、濃彩や金泥といった華やかさを加味した新たな「龍虎図」を創出している。当時はその斬新さから腰抜けの虎などと酷評もされ、賞も逃したが、昭和30年(1955)、明治期の日本画革新の記念碑的作例として近代絵画で初めての重要文化財に指定された。

“今 蕭白(いま しょうはく)”とも称された、鈴木松年(すずきしょうねん)の傑作も!

鈴木松年(すずきしょうねん) 「群仙図屏風」(8曲1双) 明治28年(1895)

(左隻)

(右隻)

本作も、第4回内国勧業博覧会の出品作。“(曾我)蕭白(1730~81)の再来”とも称される、鈴木松年(1848~1918)の大作。描かれるのは9人の仙人(あるいは、うち仙人が8人)。口から分身を吹き出す李鉄拐、葉蓑をまとう神農、ほかに蝦蟇仙人、鯉に乗る琴高仙人などが強烈な筆致で描かれる。

見どころ5:明治工芸の粋-濤川(なみかわ)・是眞(ぜしん)・長吉(ちょうきち)・雪聲(せっせい)・勝珉(しょうみん)、月山貞一(がっさんさだかず)の刀まで! 著名な「帝室技芸員」の作品、勢揃い!

濤川惣助(なみかわそうすけ)(渡邊省亭(わたなべせいてい)下絵) 「七宝四季花卉図瓶」一対 明治時代(19~20世紀)

濤川惣助(1847-1910)は、東京を中心に活躍した七宝家で、色釉の境界となる植線を最終段階の焼き上げでとり外す「無線七宝(省線(しょうせん)七宝)」の技術を開発し、釉のぼかしを生かした絵画的表現を可能とした。四季の花々を描く、この上なく洗練された下絵は、渡邉省亭(わたなべせいてい)(1852~1918)によるもので、日本の工芸意匠をより絵画的に、高尚なものにすべく努めた明治政府の意図とも合致した七宝の逸品。

海野勝珉(うんのしょうみん) 「燈台鬼(天燈鬼)・鉄鉢鬼・龍燈鬼」 明治33~34年(1900~01)

海野勝珉(1844~1915)は、明治を代表する彫金家。水戸金工伝統の色金を多用する象嵌色絵技術を得意とした。
本作は、興福寺に伝わるかの有名な鎌倉時代の彫刻国宝「天燈鬼・龍燈鬼立像」(運慶の子・康弁作の像と伝わる)に基づき、小型に制作した青銅製の置物で、中央の「鉄鉢鬼」は勝珉の独創で加えて香炉に作られた。静嘉堂文庫の二階に、調度品として飾られていた作品。

見どころ6:「若冲(じゃくちゅう)」人気は明治から!? セントルイス万国博覧会<明治37年>出品-綴織(つづれおり)作品の制作工程を知る!

【特別出品】「池辺群虫図 綴織額」(原画:伊藤若冲「動植綵絵」より「池辺群虫図」) 平成22年(2010) 川島織物セルコン製作

明治37年(1904)、米国セントルイス万国博覧会に、日本から企業の部で日本郵船会社(現 日本郵船株式会社)は船舶模型や航路図を出品。その出品区に、二代川島甚兵衞が、休憩室「若冲の間」を設け、壁面全体に10点の綴織の壁飾り(原画:伊藤若冲「動植綵絵」)を展示して大きな評判を呼んだ(しかし会終了後、作品は米国内の事故で焼失)。
本展では、技術伝承事業として(公財)日本伝承染織振興会から依頼を受けた(株)川島織物セルコンが近年再現した「池辺群虫図 綴織額」と併せて、万博当時に製作された「模写画」「織下絵」(1902年頃・奥田瑞寛、ともに川島織物文化館蔵)を特別公開。当時の驚きの技術と制作工程が分かる。
明治に若冲作品の織物があったとは!