日本刀の主要製作地(山城・大和・備前・相模・美濃)のうち、備前(岡山県南東部)は、上質な原料や水運の利に恵まれ、平安時代より優れた刀工を輩出し、圧倒的な生産量を誇ったことから、今日「刀剣王国」と称されています。備前刀の特徴は、「腰反(こしぞ)り」の力強い姿と、杢目(もくめ)を主体とした精緻な地鉄(ぢがね)に、「丁子乱(ちょうじみだ)れ」と呼ばれる変化に富んだ刃文とされています。その豪壮にして華やかな作風は、鎌倉武士や戦国武将たちをはじめ、多くの人々を魅了してきました。
本展では、「備前刀の宝庫」として知られる静嘉堂の蔵刀を中心に、重要文化財4振、重要美術品11振を含む在銘作約30振を精選し、「古備前(こびぜん)」と呼ばれる初期の刀工群から、一文字・長船・畠田・吉井・鵜飼など各流派による作風の展開をたどっていきます。あわせて、江戸時代に幕府の御用をつとめた後藤家歴代とその門流(脇後藤)による刀装具を展示します。さらに国宝「曜変天目(「稲葉天目」)」を特別出品いたします。
重文に指定される高綱・行光など現存稀有な古備前刀工の作をはじめ、それ以降の一文字派、長船派の歴代(長光・真長・景光・兼光)、直宗派の備前三郎国宗や畠田派、鵜飼派の雲生・雲次、吉井派の真則など備前物を総覧するような系統だったコレクションが一堂に会します。
一文字(いちもんじ)や長船(おさふね)といった刀工集団が形成される以前、平安時代から備前に続いた刀工の一群を「古備前(こびぜん)(派)」と呼ぶ。高綱は古備前成高(なりたか)の子で、元久年間(1204~06)頃の刀工と伝えられ、現存作は希少。刃文は直(す)ぐ調(刃文の抑揚が少なく直線的に見えること)の丁子乱(ちょうじみだ)れで、一見シンプルな中に硬い鋼組織の作り出す細かな「はたらき」が変化に富んだ様子を見せる。「沸(に)え」と呼ばれる微細な鋼の粒がきらきらと輝く肌とともに、古備前刀工の特色がいかんなく発揮された名作。
本作は、織田信長の重臣・滝川一益が東国下向の折、主君信長より拝領したものといい、滝川家に伝来した。鮮やかな朱鞘の打刀拵は戦国末期の様式を伝える作例。頭金具には「織田木瓜(おだもっこう)」の家紋とともに、信長が将軍・足利義昭より拝領した「桐紋」が配されており、信長の注文で作られたものと考えられている。
友成は日本刀初期(平安時代後期)の刀工の一人で、同時代の正恒と古備前鍛冶の双璧をなす名工として著名。しかし本作にはもと鎌倉時代前期の「嘉禎三.(かていさんねん)」の年紀があったことが知られ、同銘の刀工が鎌倉前~中期に存在したことを物語る。徳川将軍家とも縁の深い小石川伝通院に伝来したが、刀剣商により明治初期に流出。その際、より古い作に格上げするため、偽銘切りの名人・細田直光によって年紀銘が潰された。
作風は、小乱れに小丁子を交じえた華やかな刃文で、焼頭(やきがしら)(刃文の抑揚の高さ・幅)が揃い深々と沸えのついた古調な出来である。銘の書風も平安後期の友成によく似ていることから、鎌倉時代の刀工が平安の名工に憧れと敬意をもって作刀したことが想像される。
守利は弘長年間(1261~64)頃の福岡一文字派の刀工と伝えられる。本作の豪壮な姿や杢目鍛(もくめぎた)えで乱れ映り入りの地鉄、丁子乱れの華麗な刃文には、最盛期一文字派の特色が発揮されている。この太刀に金象嵌の所持銘をのこす本多平八郎忠為(忠刻、1596~1626)は、播磨姫路新田藩の初代藩主。徳川四天王の中でも武勇で名高い本多平八郎忠勝(1548~1610)の孫にあたり、大坂夏の陣(1615年)では道明寺の戦いで武功をあげ、戦後、家康の孫娘・千姫(1597~1666)と結婚した。本作と同様に金象嵌で忠為の所持銘を入れた豪壮な太刀が他に3振程確認され、忠為が人並秀れた偉丈夫で、刀の鑑識にも優れた武将であったことが想像される。
真長は長船派の祖・光忠の子、あるいは弟子といい、嘉元年間(1303~06)頃に活躍したという。作刀の多くは、兄とされる長光の華麗な作風に比べて全体的に穏やかで、直ぐ調の地味な刃文となるが、本作は長光を彷彿させる「丁子乱れ」の刃文を焼いた華やかな出来である。真長の特色は中程がたるんだような形の鋩子(ぼうし)(切先の刃文)で、長光・真長・景光の三工に顕著なことから「三作鋩子(さんさくぼうし)」と称する。幕末明治期に流行した「突兵拵(とっぺいごしらえ)」と呼ばれる、鞘尻(さやじり)が丸く尖ったタイプの外装が付属している。
刀剣を飾る金具―目貫(めぬき)・笄(こうがい)・小柄(こづか)などの装剣金具を製作した金工の後藤家は、室町時代中期の足利義政以来、足利将軍家、戦国時代の織田信長、豊臣秀吉、そして江戸幕府260年の間、16代にわたって時の権力者に重用され、その作品は武家の装う金工のなかでも最高の格式をもつものとされてきました。江戸将軍家代々の御用をつとめた後藤宗家(ごとうそうけ)、そして14あるという後藤家の分家(脇後藤(わきごとう))の名工たちのなかでも、その掉尾を飾る幕末の名工・後藤一乗(ごとういちじょう)による目貫・笄・小柄など、繊細な技の光る刀装小道具を展示いたします。
わずか数センチの金具のなかに込められた武家の思想と美意識、そして伝統によって洗練されたデザインをご覧ください。
乗真(1512~62)は後藤宗家の3代。足利義晴、義輝と2人の将軍に、彫金製作と財政業務を兼ねた側近として仕えた。黒い銅合金に微細な丸を規則正しく打ち込んだ赤銅魚子地(しゃくどうななこじ)に、高彫り色絵工法で、這龍、剣巻龍、蓬莱文、草木文などを彫った作例などが知られる。武将としても活躍し、剛勇の性格を有した乗真の作品は、大振りで力強く、額面いっぱいに彫られているのが特長とされる。
本作は十二支の動物を彫り込んだ三所物。無銘。三所物は刀剣の外装(拵)に取り付ける金具で、柄の表裏を飾る一対の目貫、耳かきのあるへら状の笄、細工用の小刀の柄である小柄の三種を指す。目貫は子から巳までと午から亥までに分け、小柄は小口に向かって子から亥の順、笄は竿の方向に向かって子から亥の順に巧みに配置されている。
後藤宗家の6代栄乗(1577~1617)は5代徳乗の嫡男。父とともに豊臣家に仕えたが、関ヶ原の戦い以降は隠居を余儀なくされる。後に願い出て御家再興を許され、従来通りの役職を命じられた。栄乗までの6代を後藤家「上六代」と称し、その作品はことに重視される。
方乗(光晃、1816~56)は後藤宗家の16代。繊細緻密な彫刻を得意とし、近代彫刻にも通じるような洗練された作風で知られ、後藤宗家の掉尾を飾る優工である。本作は源平合戦の宇治川の戦い(1184年)をテーマとしたもの。対岸の木曽義仲軍に対して、宇治川を渡って攻めかかる源義経軍の佐々木高綱(ささきたかつな)と梶原景季(かじわらかげすえ)は、ともに頼朝から賜った名馬、生月(いけづき)と摺墨(するすみ)を駆り、敵陣への一番乗りを競った。
一乗(1791~1876)は分家の一つ、七郎右衛門家四代・後藤重乗の次男。9才で同じく分家の八郎右衛門家の謙乗の養子となり、のち当主となる。衰微した幕末後藤家のなかにあって、斬新な作風を示した名工。文政7年・34歳で「法橋」、文久3年(1863)に「法眼」に叙せられる。絵画・俳諧・和歌にも優れ、卓抜した技術と繊細な感性で多様な作品を製作した。その門下から橋本一至、和田一真、船田一琴、中川一匠、荒木東明ら優れた金工を多く輩出した。
本作は笄に禅語の「無事是貴人」、小柄に「めでたくかしく」の語をあらわしたセットで、裏面に「後藤法眼/一乗作」の銘がある。銀の合金「四分一(しぶいち)」の地に赤銅を象嵌して巧みにあらわした筆跡の表現が見どころ。
宗家5代徳乗の弟・長乗、徳乗の子・琢乗と休乗らが別家を創始したのが後藤の分家、すなわち「脇後藤」のはじまりである。元来京都に定住していた後藤家は、寛文10年(1662)、宗家10代廉乗の時に江戸に移るが、分家の多くは京都にとどまり製作を続けた。その作風には、本家に見られない華やかさ、自由さがあり、仕事にも優れた実力が認められる。
脇後藤の工人による本作は、中国の伝説に取材した謡曲『張良』の場面を表裏にあらわす。秦の始皇帝の暗殺に失敗した張良(?~前168)は、橋の上で一人の老人(黄石公)に出会う。黄石公が張良の真心を試そうと、二度、河に沓(くつ)を落とし、それを取りに下りた張良の前に大蛇があらわれる。張良は剣を抜いて大蛇に立ち向かい、沓を取りもどす。その礼として、張良は太公望(たいこうぼう)の兵書を授けられる。本作では、表に橋上の黄石公、裏には張良と大蛇を描く。
本展での公開が2019年の初お目見えとなります。今回は自然光のもとでご鑑賞いただけるよう、当館の庭園を望むラウンジスペースでの展示となります。朝・昼・夕方と日の光によって刻々と変化していく曜変の景色をお楽しみください。
曜変天目は「建盞(けんさん)」、すなわち中国・福建省の建窯で焼かれた黒釉の碗の一種。「曜変」は、日本での呼称で、「容変」「窯変」と記されていたものに、輝きや光を意味する「曜」の字が当てられるようになったもの。その希少性と美しさによって、室町将軍家の東山御物の価値体系の中で喫茶用の茶碗として最高の評価が与えられた。伝存作は世界に三碗のみ。本品のほか大徳寺龍光院(京都)と藤田美術館(大阪)に所蔵され、全て国宝に指定されている。。
この春、世界に3点のみ現存する国宝「曜変天目」が同時期に一挙公開されます!
大徳寺龍光院所蔵品:MIHO MUSEUM「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋」
2019年3月21日~5月19日
藤田美術館所蔵品:奈良国立博物館「国宝の殿堂 藤田美術館展―曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき―」
2019年4月13日~6月9日
静嘉堂所蔵品(稲葉天目):本展の全期間で展示
2019年4月13日~6月2日
※相互割引(当日入館料から200円引き)実施!
本展会期中、上記2館の展覧会チケット・半券をご提示ください(1枚につき1名のみ、他の割引との併用不可)。
※国宝「曜変天目」三碗同時期公開 および 相互割引 についての詳細は「お知らせ」ページをご確認ください。
会期:2018年4月13(土)~6月2日(日)
休館日:月曜日(4月29日、5月6日は開館)、5月7日(火)
開館時間:午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで)
入館料:一般1,000円、大高生700円、中学生以下無料
※20名様以上の団体は200円割引
展示内容・作品について担当学芸員が解説します。(展示室または講堂にて)
午前11時~:4月27日(土)・6月1日(土)
午後2時~ :5月9日(木)・5月23日(木)
※その他、本展会期中の各種イベントについては「お知らせ」ページをご確認ください。