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お知らせ

江戸のエナジー 風俗画と浮世絵 The Energy of Edo Genre painting and ukiyo-e

日本博
[会期]2020年12月19日(土)~2021年2月7日(日)休館日:毎週月曜日、年末年始(12月28日~1月4日)、(ただし1月11日は開館)1月12日は休館。 [開館時間]午前10時~午後4時30分(入館は午後4時まで) [入館料]一般1,000円、大学生・高校生および障害者手帳をお持ちの方(同伴者1名含む)700円 中学生以下無料 ※20名様以上の団体は200円割引

主催:公益財団法人 静嘉堂/後援:世田谷区教育委員会

浮世絵の「浮世(うきよ)」は、もとは「憂世(うきよ)」と書きました。中世までは、憂(う)いことの多い世の中を悲観する概念でしたが、江戸時代に入りこうした厭世的なものではなく、経済生活を確立しつつあった町人たちによって“はかないこの世を享楽的に生きよう”という庶民のエナジーによって大きく変化し始めます。
絵画においても、日常生活は画題となり、庶民も絵を買い求め、絵師たちは多彩な活動を始めたのです。とりわけ時代を映す鏡のような風俗画や浮世絵の誕生はその最たるものといえるでしょう。
本展では、静嘉堂秘蔵の肉筆浮世絵や浮世絵版画を、多数初公開いたします。特に肉筆浮世絵は、明治末期に海外向けに出版された豪華画集に日本を代表する名品として掲載されたものを多数含みます。また、浮世絵版画も長らく公開の機会に恵まれなかった作品群です。本展では、まずは重要文化財「四条河原遊楽図屏風」や修理後初公開となる英一蝶「朝暾曳馬図」、円山応挙「江口君図」などの静嘉堂を代表する名品をご堪能ください。その上で、この度、新出の浮世絵をたっぷりとご覧ください。近世初期風俗画や浮世絵を成立・展開させた、溢れるばかりの江戸のエナジーは、江戸時代を通じて、江戸・上方を問わず、文化の根底に流れていたことを感じていただければ幸いです。

展示構成 序章	英一蝶「朝暾曳馬図」と円山応挙「江口君図」 第一章	近世初期風俗画のエナジー―歌舞伎・遊里・庶民の暮らし 第二章 “錦絵”の誕生と展開―春信・歌麿・北斎・広重・国芳 第三章 東西美人くらべ―肉筆浮世絵の美

見どころ1 静嘉堂の名品、一蝶と応挙「四条河原遊楽図屏風」と師宣「十二ヶ月風俗図巻」を味わい尽くす

英一蝶「朝暾曳馬図」 江戸時代(17世紀)

朝日が昇る頃、少年が馬を曳いて橋を渡って行く。馬のパカパカという足音や、のどかな朝の音とともに少年の鼻歌も聞こえてきそうだ。水面には影法師。何気ない一日の始まりを、明るく爽やかに描くことで、見る者に生きる力を与えてくれる一幅である。英一蝶は医師多賀伯庵(はくあん)の子として京都に生まれた。万治2(1659)年頃江戸へ下り、狩野安信に学ぶも飽き足らず、また芭蕉に師事し俳諧もよくした。元禄11(1698)年三宅島に流罪となり、11年後大赦により江戸へ戻り、多賀朝湖から英一蝶と改名。機知にとんだ独自の風俗画は、浮世絵にも通じる。

円山応挙「江口君図」 寛政6(1794)年

大人しい目をした象の背に腰掛ける前帯をした美人。描いたのは京都画壇を写生的な絵によって制覇した円山応挙である。応挙は西洋画の透視図法や来舶清人・沈南蘋の写実技法を独自に昇華し、特に美人画は清朝美人に学んだ。本作は、謡曲「江口」の、西行と歌を詠み交わした江口の遊女の亡霊が普賢菩薩と化した「江口の君」を描く、いわば普賢菩薩の見立絵(やつし絵)。応挙は気品あふれる江口君の髪の毛一本一本をも緻密に描写する優れた写実力を発揮する。しかし一方、象はまるで人形のようだし、腰かけた下半身の量感は控えめである。幽霊画の名手ともいわれた応挙の写実の真骨頂は、あえて江口君を生身の美人として描かず、菩薩としての優美な姿に昇華させたところにある。ちなみに「江口君」は同時代、江戸で活躍した肉筆画の名手、勝川春章らの美人画にも作例が知られ、普及した画題。また、応挙の美人画の型は、四条派を中心に上方美人画に影響を与えた。

重要文化財 「四条河原遊楽図屏風」  江戸時代(17世紀)

近世初期、一大歓楽街となった京都・四条河原の賑わいを二曲一隻の屏風に描く。画面の中心に上から下へとうとうと流れるのが鴨川、その中央に仮橋をかけ、四条通を左右に通す構図。右上と左上にはそれぞれ遊女歌舞伎の芝居小屋、右隻には「犬の曲芸」、「ヤマアラシの見世物」などがみられ、それぞれ活き活きとした描写がなされた筆力のある作である。また画中には、母親が子供をおんぶしたり、鴨川で水浴びをしたり、川辺でところてんを食べる人々など、現世を享楽的に生きようとする様がちりばめられている。まさに庶民が主役となった、人々のエナジー溢れる名品である。

菱川師宣 「十二ヶ月風俗図巻」  江戸時代(17世紀)

節句(正月、ひな祭り、端午の節句、七夕、重陽)や行事行事など、季節の遊びを月ごとに描いた画巻。作者とされる菱川師宣(?~1694)は、「見返り美人」で有名な浮世絵の創始者。安房国(千葉県)保田に生まれ、江戸に出て挿絵本の絵師として活躍し一枚絵を独立させて以後の浮世絵版画の基礎をなし、また肉筆画(筆で描いた絵)にも優品をのこした。本画巻は無落款だが、師宣晩年の画風をよく示した名品で特注品と推定される。大人も子供も実に丁寧に、そして活き活きと大らかに描かれている。

見どころ2 秘蔵の浮世絵版画より “錦絵”の誕生と展開―春信・歌麿・北斎・広重・国芳

鳥居清倍 「山下金作、市川団十郎、松本幸四郎」  細判漆絵  江戸時代(18世紀前半)

役者絵を専門とした鳥居派の漆絵。手彩色により金属粉、墨の部分は膠分が多く光沢があるので漆絵という。細判の小画面に団十郎と幸四郎、3人がひしめき合うように配置され絵看板のようである。

鳥居清信(二世) 「沢村小伝次」  細判紅摺絵  江戸時代(18世紀半)

草色と紅色と墨の3板を重ね摺りした紅摺絵の役者絵。見えを切る役者の着物は草と紅を上手く配置し、梅花は紅で、幹は草で、輪郭は墨で表現され、独特の味わいがある。

鈴木春信 「花王(さくら)」  中判錦絵  明和4〜6年(1767〜69)

錦絵の創始の立役者、鈴木春信の多色摺木版画。錦絵の誕生には何度も色板を重ねて摺っても破れない奉書紙や、板ずれ防止のガイドライン「見当」の発明など、当時の叡智が集結している。

喜多川歌麿 「四美人やつし車引」  小奉書全紙判錦絵 寛政5年(1793)頃

菅原伝授手習鑑「車引」のパロディーで、梅王、松王、桜丸らを当時人気のあった美人の姿で描いた、見立絵(やつし絵)。江戸時代の人々は、着物の紋で役柄を、似顔で美人の名を理解し、楽しんだ。歌麿は浮世絵黄金期を築いた美人画の名手。

勝川春好 「五世市川団十郎の暫」  大判錦絵  明和7年(1770)頃

江戸荒事を代表する団十郎の大首絵。画面いっぱいに睨みを利かせた顔は、迫力満点、まさしく歌舞伎役者のブロマイドである。

葛飾北斎 「吉原妓楼の図」 大判錦絵5枚続 文化8~10年(1811~1813)

大判の錦絵を横に5枚もつなげ、超ワイドスクリーンをつくり、吉原の妓楼を透視図法も駆使して俯瞰的に描く。富士山で有名な葛飾北斎のもう一つの一面を堪能されたい。

見どころ3 初公開多数!肉筆浮世絵―東西美人くらべ

岩﨑彌之助が明治末年には所蔵していたことが『浮世絵派画集』(審美書院)に掲載されていたことでわかる、秘蔵の肉筆浮世絵も含めて初公開します。江戸と京の美人画の競演をお楽しみください。

西川祐信 「女通玄」  江戸時代(18世紀半) 初公開!

美人が降り出した瓢箪からは、駒ではなく、牛が飛び出した!仙人・通玄(張果郎)を美人にやつした、やつし絵(見立絵)。通常、馬(駒)を出すので、本図はもうひとひねりしている。上方美人をリードし、絵本挿絵を描いた西川祐信は春信にも影響を与えた。本邦初公開!

勝川春章 「梅花二美人」  江戸時代(18世紀半) 初公開!

勝川春章は、肉筆美人画を得意とし、江戸で活躍。「春章一幅値千金」と言われた。本邦初公開!

葛飾北斎 「桜下美人図」  文化2~6年(1805~09)頃 『浮世絵派画集』審美書院 明治39年 掲載作品! 

満開の桜の下、遊女が両脇に禿を従えて歩く。右上に桜花、首を「く」の字に曲げた前帯の遊女、その奥に真正面の禿、その手前に禿をもう一人配するという絶妙な画面構成により、画面に空間の広がりが感じられる。北斎ははじめ、勝川春章に入門して春朗と号した。本図は北斎壮年期の充実した作。

歌川豊広 「見立蝦蟇鉄拐図」  江戸時代(19世紀) 初公開! 『浮世絵派画集』審美書院 明治39年 掲載作品!

右幅は、文机に肘をつき、キセルを持つ女文人風の遊女が描かれる。ふうっと吐き出した煙草の煙の先には、遊女の分身がみえる。左幅はハサミを片手に折り紙の蛙を手渡す娘。本図は、美人を、常にカエルを携えている蝦蟇仙人と、息を吐くと分身を生み出す鉄拐仙人に見立てたパロディーである。歌川豊広は広重の師で、肉筆美人も得意とした。